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と、父親の顎のあたりに又目をつけた。
「やつぱり、あんただつた」
房一は苦が笑ひをした。
「はゝあ」
「本日は、私ごとき者までお招きに預りまして」
房一は叫んだ。犬は房一の顔を見上げ、二三間走り、後がへりをし、それから急に葉の落ちた灌木の中にとびこんで行つた。がさがさやつて、ずつと先の路に出た。きよとんとし、時々匂ひを嗅いだ。
「はあ、いや。もう手前どもは老いぼれ同然ですからな」
道平はゆつくりと首を動かして訊いた。
「どういふことでせうね、まあ!」
こゝの当主はもう七十近い老人だが、まだ郡制のあつた先年まで郡の医師会長だつた人で、この地方での一二と云はれる有力者でもあつた。それに相当な地主だ。その政治上の勢力や小作人関係などからきている彼の家と患者との関係は一朝一夕になつたものではない。今では老医師の正文は半ば隠居役で、息子の練吉といふ若医師が診察の方はひきうけているのだが、中には「老先生の患者」といふ者もある位だ。
「どうしたい、君はその恰好をまだ見せたい気かい」
「ほう、さうか。それはちつとも知らなかつた」
「早く早くつたつて、もうお支度はちやんとできてますわ。あなたが遅くかへつて来といて――」